
10年ほど、父が借りていた畑をお遊びで手伝っていたけれど、
地主さんが、大手の建築会社に土地を売却し、突然1月末でおしまいに。
それまでは広い土地に、定年後の方たちが中心にわらわらと朝から集まって玄人はだしにコツコツと畑仕事に精をだす毎日。
苗やタネ、さらには収穫物を分け合ってお互いの近況と無事を確認する。
年に数回ある早朝集団雑草狩りの日は、元締めの怖いおじいちゃんに睨まれながら、汗だくで草引き。
でも終わった後には皆ニコニコで朝から差し入れのビールを飲む。
花のタネは、ばあ〜っと蒔き、あたり一面矢車菊のブルーに満たされる空間になったり、
日々草に照らされる場所になったり、
おかげさまで、仏壇のお花には困らなかった。
父と母が入退院を繰り返し、そのたびのゴタゴタやびっくりの出来事を聞いてもらったり、
逆に介護の経験話を聞いたり、
特にコロナ禍は、
実家には寄らずに畑で父と会う日々だった。
大地を掘り起こすと、ミミズや虫たちがうごめいていて、
周りの木々にとまっている鳥たちがさーっと食べに飛来する。
その目利きに驚いたり放し飼いされていた鶏もタタタッと啄みに来たり。
娘と芋掘りしたり、土を耕運機で耕したり、
珍しいハーブを植えて、皆さんに説明したり、食べてもらったり飲んでもらったり、
野菜って、植えたら、ちゃんと野菜の形になると思っていたのに、
白菜は、ばらばら広がったままだし、
きゅうりは曲がって先細っていて
大根に至っては、
ちんちくりんに短かいものばかり。
畝も真っ直ぐでなくて、みずぼらしい一角だった。
それでも、
用事もないのに畑に行って、成長を確かめたり、土から感じる季節を実感するのが好きで、
父との合言葉は「畑」でした。
来月からこの土地は封鎖され、
介護施設が建つそう。
母は亡くなる前に認知症が進んで行方不明になる事が多くて(元気で健脚だった)、警察官にもお世話になり、長女の私は、
「外に出られないように鍵のかかる施設に閉じ込めなさい」
と怒られることも一度ならずあった。
でもご近所の方はしゃんとしていた母のことも覚えていて、
最後まで見守ってくれた。
が、高齢化のすすむ住宅地では、一人暮らしの老人は、最後は施設に入るのが普通になるのかなぁと父と話す。
昨日は、暗くなるまで畑の土をバケツに入れて実家の庭まで運んだ。
庭木を切って、春に野菜や花を植える場所をつくる。
土用の期間で虫たちを起こしてしまったかもしれない。
でもこの土地の虫たちは、もう目覚める事もないかもしれないと思うと少しでも移動させようと頑張った。
大きな美しい木蓮の木、よい香りの蝋梅、鈴生りに実をつける枇杷の木、レモンの木、いちじくの木も皆で切り倒して丸坊主になった畑にさよならを告げた。
父は10月末に転倒した際に手首を怪我してしまい引き際のタイミングだったのか、、、
「カタチあるものはいずれ変化する。
畑を手放すのは寂しいけれど、また新しい何かが入ってくるよ」
と言った。